【聖書】盲人のたとえ話は今の現代と似ている

私はメンターからマインドセット以外にも、
空いた時間ではよく聖書を学んでいます。

 

その聖書の中で「キリストの盲人のたとえ話」と言うものがあるのですが、

これも非常に現代で起きていることに似ていると思ったんです。

 

YOUTUBEやブログで色んな配信を見ていて、一体なにを信じればいいのか?と言う問が必ず出てきます。

 

そんな頭が混乱している時にでも活用していたのが、
私のメンターの声でした。

  • ひと昔前までは、頑張らないと無理でしょ。
  • ある一定の作業をすれば稼げるかも。

 

周りを見れば札束を見せびらかし、
笑顔満載のYOUTUBERを見ることもありましたが、そこに私は飛び込まなくて本当によかったと思っています。

 

なぜなら、9割の何かを教える人(インフルエンサー)でさえベルトコンベアーに乗せられているからです。

行きつく先は「落とし穴」だったりします。

実はここで面白いのが、穴=聖書なんです。

 

(ルカによる福音書6章39~42節)でのたとえ話はこうです。

「盲人が盲人の道案内をすることは出来ない。」このように語られています。

 

これは盲人に道案内をされる盲人が、一緒に最後には穴に落ちると言う聖書の話です・・・

 

つまりキリストがこの当時、

「頭のいい人達には話を聞いてもらうことは困難だったと私は捉えています。」

 

ここでキリストが何をしたかと言うと、わざと話を曖昧に理解しがたいようにしたのです。

つまり他の人に単純化(マニュアル通り)にして理解をしてもらうことではなかったそうです。

 

この話は今の現代社会でもどこでも当てはまるのではないだろうかと私は思います。

単純に誰しも作業で出来るなら多くやった人が優先的になります。しかし、いつかその人も追い抜かれます。

作業員でやるのなら、全員成功していないのはなぜなんだ??

ここなんです。

 

9割のベルトコンベアから抜け出した1割の人も今は続々と出て来ています。
私も抜け出し緩く過ごせることと、メンターと出会えて非常によかったです。

運も自分で作り出せます!!
https://ameblo.jp/love-chronicles/entry-12601908921.html

 

 

 

 

 

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